壁を越える
サウジアラビアのサルマン国王が先日、来日した。サウジ国王の訪日が46年ぶりとは、意外だった。実はお忍びで何度かお越しになっていそうに思っていたのに。
いずれにせよ、スケールが、さすがに違う。今回の訪日団は王族や閣僚、随行員合わせて1000人超。10機のチャーター便で来日し、都内の高級ホテル1000室以上に泊まり、移動用ハイヤーは500台に及んだ。何より、国王が特別機から乗り降りする時のためだけに「エスカレーター付き特注タラップ」を別便で運んできたという話に驚く。
というので、来日前にはオイルマネーの「サウジ特需」を期待する向きも多かった。ところが、実際は「数人単位での来店はあったが、団体による爆買いはなかった」と肩透かしを食った秋葉原の家電量販店長が残念そうに話していたのが気の毒に見えた。
そんな中、「王族ご一行様は、こんな物を買ってお帰りになりましたよ」と取り上げられ、その意外性が話題になったのが奄美大島の特産「大島紬」だ。ただし、日本の伝統衣装の「きもの」を、お土産として買って帰られたわけではない。
ご存知の通りイスラム教には、女性は家族以外の男性の前で肌を見せたり、体のラインが分かるような服装をしてはならない戒律がある。そのため女性が外出時に必ず身に纏うのが、あの真黒なマントのように見える衣装「アバヤ」だ。
「アバヤ」には頭から被るタイプと前を合わせて着るタイプがあるが、黒地でさえあれば素材や織り方、刺繍や刺繍糸の色も自由。価格はピンキリだが多くはオーダーメイドで、許された範囲での個性=ファッションを愉しむのだという。
その際、違いが最も微妙であるのに、実は違いが最もよく分かるとされるのが「黒」という色の発色。世界に多くの「黒」がある中、大島紬の、木の幹から作った染料と田んぼの泥を合わせる独得の「泥染め」で染めた気品と光沢のある「高貴な黒」の存在と価値を、なぜか知ったサウジの彼らが目を向け、買い求めたらしい。
時代に応えられなくなって廃れたり、庶民には手が届かない工芸品に押し上げられ、取り残される日本の産品は多い。そうしないために、せっかくの技術を、新たなニーズを探り壁を越えて活かす途は本当にないのか―――諦めず探し続けたい。