鏡 文 字
昭和期に家庭の飾り棚で見かけた民芸置物のベスト3と言えば、サケを咥えた「木彫りの熊」、首を回すとキイキイ鳴る「こけし人形」、そして「王将」や、成角を表す「馬」の字が彫られた大きな「将棋駒」だろうか。
「熊」や「こけし」は見た目にも工芸品的価値がありそうだが、大きな将棋駒の、威勢のよい「王将」はともかく「馬」には一体どんな意味があるのか?しかも「馬」の場合、「鏡文字」とか[左文字]と呼ばれる通り、字を左右反転して書かれている。
「左馬」と呼ばれるこの置物は、福を招く縁起物の「守り駒」の意味を持つ。「馬」を反転させた「まう」は「舞う」に通じて、おめでたい。また馬は、左側から乗ると倒れないので、鏡文字で書かれた「馬」も安定性がある―そんな由来に因る。
5~6歳までの子供は、平仮名の「し」「さ」「ち」「か」などの字で左右が逆になった鏡文字をしばしば書く。大人が真似ると苦労するのに。人間は右脳で感性・感覚を、左脳で言語など倫理的情報を処理するが、子供は左脳が未発達なため、イメージとして右脳に伝わった文字を左脳で処理できず、そうした現象が起こりやすいのだとか。
洋の東西を問わない。英語圏の子供たちの場合は「b」と「d」、「p」と「q」で同様の間違いを犯す。そこで世界的玩具店チェーン「TOYSЯUS」(トイザらス)は、「子供たちには親しまれ、大人には目を引くために」と、ロゴの一部にわざと鏡文字を用いた。
しかし、鏡文字は子供たちの売特許ではない。ルネサンス期のイタリアにおいて音楽、建築、数学、幾何学、解剖学、生理学、動植物学、天文学、気象学、地質学、地理学、物理学、光学、力学、土木工学など様々な分野で顕著な業績を残したレオナルド・ダ・ウィチは、1万3000㌻に及ぶノートがすべて鏡文字で書かれている。理由は幼少期に誰にもかまってもらわなかったため鏡文字を補正されなかったとか、自分を認めない学会にわざと読みにくい鏡文字を使ったなど諸説があるが、判然としない。
京都「北野天満宮」には歴代天皇が奉納した掛軸が数多く残されているが、この中で約300年前に東山天皇が奉納した「南無天満大自在天神」の文字は「自在天神」の4字と落款だけが鏡文字で書かれている。理由は……分からないそうな。
左脳を使いすぎる現代。鏡文字を書くと左脳の働きを休めて右脳を活性化する効果がある、との説も読んだ。スマホ用「鏡文字アプリ」もある。試してはいかがか。
(レーダーより)