ワクチン接種の遅れが景気回復に悪影響
世界の主要国を見ると、基本的にワクチン接種の進み方が速い国ほど景気回復が進んでいる。バイデン政権の肝いりでワクチン接種が進捗している米国では、多くの地域で経済活動は正常化に向かって歩み始めている。また、感染を抑え込んだ中国では、ここへ来て、景気回復のペースが速まっている。一方、わが国のワクチン接種の遅れは深刻だ。5月中旬現在で、国民のワクチン接種率は一桁台にとどまっている。また、今までのところ、緊急事態宣言の発出などによる感染対策も期待したほどの効果を発揮できていない。それに加えて、海外からの来訪客のインバウンド需要も蒸発している。そのため、わが国経済の回復のペースはかなり遅れている。
コロナ感染克服に時間がかかるほど、人々の動線の抑制や寸断が続き景気の回復は遅れる。経済が低迷すれば社会心理も悪化する。ワクチン接種の遅れは、わが国の経済と社会に大きく影響する。政府は、何よりもワクチンの迅速な接種を実現して、コロナウイルス感染を抑え込む方策を実行に移すことが優先課題だ。
今年1~3月期、わが国の実質GDPの速報値は、前期比年率で5.1%減少した。マイナス成長に落ち込んだ背景にはいくつかの要因がある。まず一つ目はワクチン接種が遅れていることだ。2月から、わが国では医療従事者への優先接種が始まった。4月以降は高齢者へのワクチン接種が開始された。7月末までに高齢者への接種を完了するのが政府の当初計画だった。しかし、5月17日時点で、ワクチンの接種が完了(2回接種)した人の人口に占める割合は約1.6%で、主要先進国の中で最低だ。
また、緊急事態宣言などの感染対策も、今のところ期待されたほどの効果を発揮していない。ワクチン接種が進まない中で感染対策の効果が出づらい状況だと、政府や各自治体はより強い感染対策をとらざるを得ない。それは、わが国経済にとって追加的な下押し要因だ。その一方で、飲食業界では休業要請への反発が強まっている。社会心理が悪化し始めていることは軽視できない。さらに、来訪客のインバウンド需要が蒸発した影響も大きい。特に、地方の温泉街などの観光地にとって、中国などからの観光客の増加は、地域産業の活性化に不可欠な要素だった。その蒸発は、わが国の所得・雇用環境に無視できない影響を与える。それに呼応して、4月12日から5月19日までの日経平均株価は約5.8%下落した。
政府は、まず、集中して感染拡大の抑え込み対策を徹底すべきだ。その後で、一時的な経済の落ち込みには、財政政策や金融緩和などでしっかりと対応することを考えればよい。それが新型コロナの感染症に対応する政策の基本スタンスだ。足元の菅政権は五輪の開催にこだわるあまり、政策の優先順位がやや不明確になっている。一方、海外に目を向けると、インドなどでは感染拡大は深刻さを増している。またここへ来て、感染対策の優等生といわれてきた台湾、シンガポールでも感染が増加している。
昨年、政府は国内の観光需要などを喚起するために“Go Toトラベルキャンペーン”などを実施し、結果的に年末にかけて感染が再拡大した。接種システムのパンクに関しては、昨年の特別定額給付金を巡る自治体の混乱もあった。政府は、そうした教訓を生かすことができていないようだ。この状況が続くと、国内の需要は一段と落ち込むことが考えられる。今後、ワクチン接種がさらに遅れることになると、来訪客数の減少やインバウンド需要の蒸発も長期化する。4~6月のGDP成長率を考えると、わが国と米国の成長率の差は一段と拡大する可能性が高い。今後の展開次第では、わが国経済が主要国の中で一人負けの状況が鮮明となる展開も懸念される。
<経済評論家 真壁昭夫>